日高地方の秋祭りには欠かせないなれずしの専門店、御坊市湯川町丸山の紀州なれずし「八ッ房」が今月末で閉店する。ふるさと伝統の味を守り、お客さんに愛され45年余り。〝大将〟の津村孝房さん(78)が難病を患ったためで、惜しまれながら断腸の思いでのれんを下ろす。

 紀州なれずしの歴史は、有田地方に隠れ住んでいた平家の落人が、源氏の追討を受けたとき、慌てて炊き立てのご飯をおけに詰め、塩サバをのせて逃げた。山でそれを食べようとすると、すしになっていた――と伝えられているという。

 津村さんは日高町の農家で育ち、10月の秋祭り前になると、母がサバを10日間ほど塩漬けしてから、水にさらして塩を抜いて、ご飯と一緒に山で取ったアセの葉で巻き、四角い木桶に詰めて重しをした。10日後には発酵して酸味を醸し、「本なれ」が出来上がる。一方、「早なれ」は酢飯にサバを馴染ませるだけで発酵させない。

 津村さんは高校卒業後、板前になり、帰郷後1973年、薗の市役所近く、現在はこぶね幼稚園の位置に、なれずし専門店の「八ッ房」を開店。2002年に現在の国道沿いへ移転した。素材と味にこだわり続け、サバは地元をはじめ、適度な脂の国産を使用。特に「本なれ」は漬ける時間で味が変化し、客によって好みも異なるため、客の顔を思い浮かべながら作ってきた。

 〝御坊日高の祭りの味〟は、地元だけでなく、有田地方や和歌山市から、東京や九州の全国まで知られ、ファンを獲得。長年にわたって、和歌山市の近鉄百貨店や優良県産品のプレミア和歌山に並び、明治神宮にも何度も献上している。

 しかし、2015年夏、津村さんが難病のパーキンソン病を患い、だんだん体が思うように動かなくなってきた。経営には家族や従業員がいるが、「それぞれに役割があって一人でも欠けるとできない」と、今年3月に閉店を公表。貼り紙を出した。

 「『おいしいものをつくらなあかん』、それだけ。人それぞれ好みが違って難しく、皆さんの声を聞きながら勉強し、お客さんに育ててもらいました」と振り返り、「『おいしかったよ』が一番の喜び。お客さんのおかげでやってこられた。皆さんに愛され、本当にありがたい」。閉店を惜しむ声も聞かれ、「いつか大きな炎になるよう、種火だけでも残しておきたいのですが、病気には勝てません。長い間のご愛顧、本当に感謝します」と話した。

写真=店の前で「ありがとうございました」と津村さん