昔むかし、東北のある村で、村に原因不明、治療困難な病人が出た場合、狐が憑いたのではないかと疑い、その身内が霊験あらたかな霊媒師を訪ね、狐落としを依頼したという。

 病人の着物と白米、銭、ろうそくなどを持参し、それらを拝殿に供え、霊媒師が数珠をもみながら呪文を唱えると、突如、病人に憑いている狐が霊媒師に憑依し、「〇〇(病人)の生肝を食うまで離れられない」などとしゃべり始める。

 身内は「お前のような畜生に人間の生肝を食われてたまるか!」と怒り、言い争いの末、病人の身内が勝ち、狐は病人の体から出ていくかわりに、好物の卵焼きや油揚げを道の角に置けと指示を出す…。

 よく似た話に、海外のホラー映画で知られるキリスト教の司祭と悪魔の闘いがある。日本語で「悪魔払い」と訳されるエクソシズムは古来、悪霊との闘いではなく、異教から改宗する際に精神のバランスを崩した信者を落ち着かせ、不安を取り除く行為だったともいわれている。

 日本の狐憑きも欧米の悪魔憑きも、根底には正体が分からないウイルスや心身の病があり、俗にイタコやエクソシストと呼ばれる人たちも、現代社会のセラピストやカウンセラーと役割は同じであろう。

 都会の極端な人口集中、グローバルな人の流れが病原体を拡散し、かつては地域で封じ込めることができたウイルスがパンデミックにつながる。また、情報化と格差社会が人の心を疲弊させ、恐怖や不安を広げる。

 いま、新型ウイルスに感染せずとも、経済的打撃により、感染者以上に苦しんでいる人たちがいる。飢饉と謎の疫病の危機に見舞われた昔話の村と同じく、心に寄り添うカウンセラーが求められている。(静)