令和2年、2020年最初の本欄。新しい年の巡りとともに年齢の数字はいたずらに上がっていくが、中身はさっぱり向上していかない。「今年こそ」と誓うこともあまりないが、あえていうなら「仕事も家事も余裕をもってする」ことだろうか◆元々不器用で、2つのことを並行して行うことなど大の苦手なのに、毎日毎日仕事や用事が次から次へやってくる。たとえて言うなら、両手いっぱい荷物を抱えて歩いているところへ、前からポーンと新たな任務が飛んでくる。何もかも放り出して「がばっ」とそれに飛びつき、しかるべく処理してから、放り出した荷物を全部拾い集め、また両手いっぱいにして歩いていると、次がポーンと別方向から飛んでくる…という感じの毎日である。いい年の大人なんだから、必要なものはちゃんと最小限の労力で持ち運び、新たな何かが飛んできても落ち着いて片手で「パシッ」と受け止めるように、余裕で事に当たりたいものだ◆余裕、ゆとりは「遊びの部分」と言い換えられる。車のハンドルにも必要な、遊びの部分。これがないと正常に運転ができない。それは車に限ったことではないように思う。かっちりと隙間のない状態は、効率的なようで実はそうではない。何もせず遊んでいる手を常にキープすれば、何か事が起こっても対応できる◆ここ数年ぐらい、そういう「遊びの部分」を認めない風潮が広がっているようで、それが気にかかる。スタートしたばかりで、まだ無色に近い令和、2020年代だが、これから年ごとに、時代はどのような色を重ねていくかを見守りながら、世界と一緒に年をとっていこう。(里)


