由良町の九条の会ゆら(池本護代表)が4日、中央公民館で第15回戦争体験と平和への思いを語り継ぐ会を開き、美浜町の三宝寺住職湯川逸紀さん(68)が、20歳で戦病死した叔父の家族の悲しみを語った。 

 湯川さんの叔父の山根明さんは1924年(大正13)11月21日、京都市に生まれ、第三高等学校(現京都大学教養部)を卒業して44年(昭和19)10月、東京帝国大学文学部に入学した。同年12月、学徒出陣で入営し、45年7月8日、中国湖南省長沙の病院で栄養失調のため死去。公報は翌年5月になって両親に届いたという。

 湯川さんは「20歳で戦没した叔父への思い」と題し、母親(山根さんの姉)の華子さんの手記を紹介。「父は、明は必ず帰ってくると、何の保証もありませんのにそう決め込んで、再会を信じきっていました」という書き出しで、「死んでいましたという知らせを受け、父は『明よう、明よう…』とうつろな目に涙をいっぱいためてつぶやき続けるのです。来る日も来る日も、まだ明けやらぬうちから父は雨戸を開けて、『明ぁ、明ぁ!』となりふりかまわず叫びまわるのです」などと綴られていた。

 湯川さんは最後に戦争で若い尊い命が奪われたことについて、「大きな権力によって人の命が左右されてはいけない」と訴えた。会場には山根さんが描いた絵画などの遺品も展示された。

 このほか、女性コーラスグループが「あの子はたあれ」「見上げてごらん夜の星を」などを合唱、地元の朗読グループも絵本「ばらの祈り~死の灰を越えて~」を群読した。 

写真=叔父の山根明さんへの思いを語る湯川さん