日高町中央公民館で2日、同町平和を願う9条の会(田中薫世話人代表)主催の「戦争体験を聞くつどい」が開かれ、町内外から訪れた約40人が阿尾の木村力之助さん(92)ら昭和の戦争を体験した4人の話に耳を傾けた。
海軍軍属として海中に敷設された機雷や不発爆弾などを捜索して除去する掃海に従事していた木村さんは、1944年(昭和19)6月ごろ、大阪港の天保山付近で3隻一組の掃海艇のうち一隻に、撃墜されたB29の機体が直撃した。50人乗りの掃海艇は沈没、懸命に仲間を救助しようとしたが、結局、引き揚げることができた遺体は約30体。海面で助けを求め手を振っていた兵隊は、引き揚げてみると下半身がなく、地獄のような惨状だったという。「あのとき、引き揚げた遺体は軍服の名札で名前だけ確認し、大阪湾警備隊の大八車にまとめて載せて、松根油をかけて荼毘(だび)に付した。あの惨状は一生忘れられない」と振り返った。
木村さんのほか、中志賀の深海豊さん(93)は学徒動員先の名古屋で激しい空襲に遭った恐怖を語り、萩原の中田美代子さん(84)は遠い戦地から届いた帰らぬ父からの手紙を涙ながらに朗読。比井の小瀬静代さん(84)も御坊の小学校の下校途中に友達と別れた直後、その友達が米軍機の爆弾によって死んでしまった悲しみを語った。
写真=海軍軍属時代に覚えた手旗信号を披露する木村さん


