昨年の台風による塩害で桜が時ならぬ花を咲かせていたため、本来の季節に無事開花してくれるか心配していたが、幸いこの春も各地で美しく咲き誇る情景がみられた。日本人には、花といえば桜。だが昔は、「花といえば梅」という時代があった。最古の歌集「万葉集」の頃だ◆新元号「令和」はこの万葉集から引用されている。第五巻、「梅花歌」32首の序にある「令月」と「風和」からとられた。この2文字をあえて漢文風に読み下せば、「なごましむ(なごませる)」となるのだろうか。「令」は「~しむ・せしむ」と読み、「~させる」という使役の意味を持つ◆「れいわ」と聞いた時はまず「礼和」の文字が頭に浮かび、日本人にふさわしいと思えたのだが、「令」と知って違和感を持ってしまった。「令」は「よい、美しい」の意味を持つ字でもあり、原典の序文でもその用法で使われているが、現代人はどうしても「命令の令」と考えてしまう。上から命令されて皆が仲良くさせられると解釈すると、新時代の名称としてはしっくりこない◆視点を変え、あえて「和ましむ」と読んだうえで、その時代を生きる日本の人々皆がその言葉の主体であると捉え直してみると、印象は違ってくる。人々が、時世を和ませる。時代に、世界に向けて「和」の心を創っていく。「和をもって貴しと為す」と聖徳太子の言葉にあるが、「和」は単に仲良くすることではなく、差異を認めた上で調和すること。そして「和」は、日本そのものを示す言葉でもある◆当県の名、和歌山の「和歌」は山部赤人の歌にちなみ、万葉集とは縁が深い。万葉びとの愛した梅、当地方の名物でもある梅は、寒気が穏やかに緩み始めた春を告げる花。桜の上品な華やかさとともに、まさに「和」の心を体現する花といえるかもしれない。(里)