西城秀樹さんの訃報を知ったのは、仕事終わりに同僚とラーメンをすすっていたとき。もう長い間、テレビで見ていなかったが、昔の若々しい姿しか頭になかっただけに、松田優作や尾崎豊と同じぐらいの衝撃があった。少し遅いが、昭和のスターを偲んで。
 3つか4つのころ、テレビの前で歌詞の意味も分からず、「激しい恋」を振りつきで熱唱していた。というより、親や親戚にはやされ、うたわされていた。クラス一の「いちびり」な子どもに育ったのも、ヒデキとデンセンマンの影響が大きかった。
 代表曲「ヤングマン」は、歌詞もメロディーも気持ちよく、聴いていると元気が出てきた。ほかにも同じ洋楽カバーに「抱きしめてジルバ」などのヒットがあり、歌唱力と選曲センスを兼ね備えた最強の歌手だった。
 80年代前半にはバラエティー番組にもよく出ていた。金曜夜の「カックラキン大放送」では野口五郎、郷ひろみとともに、研ナオコや堺正章らとコントに挑戦。正直、面白くはなかったが、だれよりもカッコよかった。
 俳優としての代表作はなんといっても、向田邦子脚本、久世光彦プロデュースの「寺内貫太郎一家」だろう。下町の石屋の家族の人情物語で、浪人生の秀樹さんは毎朝、樹木希林演じる「ばあちゃん」にイライラし、父親の小林亜星とガチのとっくみ合いとなる「お約束」が面白かった。
 仕事でも私生活でも嫌らしさがまったくなく、いつも真面目で楽しかったという。そんな憎まれっ子とは真逆の秀樹さんが亡くなったあと、小林さんは「それには努力が必要だったんじゃないかな...」。
 63年という生涯は短いが、愛してくれた人の多さ、これからも生き続けるその一人ひとりの記憶の量は、軽く100歳超えの人生だったはず。(静)