1853年、米海軍東インド艦隊の4隻が江戸湾に来航、司令長官のペリーが日本との通商を求める大統領の親書を幕府側に手渡した。いわゆる「黒船の来航」。その11年前には清国が英国との阿片戦争に敗れ、外国船に怯えていた幕府はこの事件を機に一気に開国気運が高まった。
 ペリーは翌年、正式な回答をもらうため再度来航することを告げ出港した。諸外国の動静を知る開国派は慌て、1年後の来航時の不測の事態に備え、西洋砲術で対抗できる沿岸防備を急ぐが、この未曽有の難局にも幕府内は出世争いの足の引っ張り合いが続き、政治の決定権を持つ老中に事態の深刻さが伝わらない。
 いま、北朝鮮と米国の間で緊張が高まり、現実味を帯びてきた斬首作戦に北の独裁者は中国に助けを求め、韓国との融和を演出し、米国には体制維持の保証と制裁解除、さらに経済援助を求めて非核化をちらつかせている。
 ついこのあいだまで冷え込んでいた中朝が手を握り、北への圧力継続で一致していたはずの韓国は北との融和に前のめり、南北首脳会談では休戦協定を平和協定に変えるための終戦宣言に意欲をみせているという。その先には何があるのか。話は北朝鮮ではなく、朝鮮半島の非核化にすり替わり、在韓米軍の撤退、南北統一、半島が反日の核兵器国になってしまう最悪のシナリオも想定される。
 この一刻の予断も許さない状況は、日本にとってまさに国家存亡の危機である。日本はこれからどういう国づくりを進め、そのために何をしなければならないのか。森友・加計学園、日報問題がどうでもいいとはいわないが、そんな政局に明け暮れる国会議員とマスコミは、160年前の幕臣の泥仕合以上に醜く、罪が重い。(静)