日高町志賀の久志地区で誕生した江戸時代の念仏行者・徳本上人(1758~1818年)。自身が「南無阿弥陀仏」と書いた名号碑は、全国に1000基以上が現存しており、活動の広さと民衆信仰の深さを裏付けているとされる。
当然、日高地方でも誕生の地の日高町や周辺市町に、名号碑や修行の地など徳本上人の足跡がたくさん残されている。日高町でみると、萩原の安楽寺に南無阿弥陀仏の文字を練習した「手習い名号」がある。徳本上人の特徴的な丸みを帯びた文字の原型であり、大変貴重なもの。同寺には全国で最も古いとされる名号碑もある。御坊市では往生寺で出家するための「得度式」が行われ、日高川町大滝川には修業の地もある。
また、筆者は最近知ったのだが、印南町にも結構ある。例えば羽六と樮川の住民が建立した徳本上人50回忌の碑。徳本上人を研究している日高町小中の杉村邦雄さんによると、住民が協力して碑を建てるのは珍しく、相当厚い信仰があったのではないかと推察。また、島田の光明寺では、徳本上人の石像も建立されている。木像はあるが、石で作られているのは珍しいという。
紹介すればきりがないが、それらのスポットの一部を回る学び塾が、4月4、8日に開講される。今回は地元住民らに徳本上人のことを知ってもらうのが目的。ただ、巡回ルートを整理してパンフレットを作るなどすれば、観光客をターゲットにした「徳本上人ツアー」としても企画できるのではないだろうか。かつて徳本上人が説法をすると、多くの人が集まってきたという。人を引き付ける魅力にあやかって、日高地方に多くの観光客が来てくれればと願う。 (吉)

