戦時中、徴兵や徴用で広島県の呉軍港の基地や海軍工廠で働いていた経験のある人を何人か取材したことがある。戦艦大和を建造したことで有名な呉海軍工廠をはじめ重要な軍事拠点の一つである軍港は当然、連合軍の攻撃の標的ともなった。空が真っ黒になるほどの戦闘機が飛来し、激しい爆撃や機銃掃射の雨をかいくぐって生還した御坊日高の方々も少なくない。先日、呉市を訪れる機会があり、海軍工廠の建屋がいまも残り、現在は造船会社となっている企業も見学させてもらった。72年前、ここで激しい爆撃があったのかと思うと、胸に迫るものがあった。
 その呉市、軍港の歴史から現在は臨海工業貿易港として発展しており、造船、鉄鋼、製紙、木材の大手企業が進出していて非常に活気にあふれていた。昨年ヒットしたアニメ映画「この世界の片隅に」の舞台が呉で、市内を巡る観光客も増えている。人口約23万人のまちで、港と同じくらいインパクトがあったのが1年前に完成したばかりの市庁舎。9階建ての建物の2階には、災害が発生した場合の対策本部となる部屋があり、テレビ会議やライブカメラ映像が見られる設備が充実していた。
 呉市で危機管理といえば、土砂災害という。平野部は少なく、山の中腹まで民家が立ち並ぶ光景を見て納得した。平成26年広島市で発生した集中豪雨による土砂災害は記憶に新しい。教訓を生かしての充実した災害対策なのだと感心させられた。
 御坊市では3年後をめどに新庁舎建設に着手する方針が打ち出されている。災害対策の中枢となる施設にすることは必須で、他市や過去の教訓を確実に生かしてくれることを期待する。  (片)