印南町印南にある印定寺には、宝永4年(1707年)に発生した宝永南海地震の記憶を後世に伝えるために建てられた高波溺死霊魂之墓碑が残されている。現代語に訳すと「宝永4年10月4日午後0時半ごろ大地震があり、山が崩れ、地が裂けた。午後1時半ごろ、でこぼことした津波が海から揚がってきた。家の財産や牛馬はもちろんのこと、老いた人や若い人、男や女もおぼれてなくなった人は170人を超えるぐらいである。津波を経験した人も話を聞いただけの人も、どれほど深い悲しみを持っているだろうか」。当時の惨状が想像できる。先日全戸配布された小冊子「災害の記録を未来に伝えるⅢ」(県立博物館施設活性化事業実行委員会発行)に全文が掲載されていた。
この巨大地震・津波から300年余り経ったいまでも、我々はやはりいつ来るか分からない自然災害と向き合い、被害を最小限にとどめる方法を考え続けている。とくに6年前の東日本大震災以降、子どものうちから防災教育を徹底することの必要性が高まり、小・中・高校での取り組みが進んでいるのは歓迎すべきこと。大人よりも子どもたちの方が命の守り方を理解しているといっても過言ではない。若き防災リーダーの育成が進んでいることは胸を張れる。
昨年高知県で初めて開催された世界津波の日高高生サミットは、いまや津波対策は世界的に広がっていることを感じさせた。高校生たちの熱意は世界を動かすだろうと頼もしくも感じた。第2回となることしは沖縄県で開催される予定だ。防災先進県となるべき和歌山県での開催はいつになるのか、300年前に記録を残した先人たちもきっと心待ちにしているに違いない。 (片)

