合理的配慮という言葉をご存じだろうか。障害のある人の人権が障害のない人と同じように保障され、学校や就業、社会生活に平等に参加できるよう、障害の特性に応じて行われる配慮のこと、と定義されている。学校生活を例に挙げれば、読み書きに困難がる場合、拡大教科書やタブレット等を利用して勉強できるようにする、などである。要するに、人が不便に感じていることに対して少しでも過ごしやすくすることであり、簡単にいえば人を思いやる気持ちを持つということ。この単純なことが実はなかなかできていない。なぜなら、障害のことをよく知っていないからにほかならない。知ることで理解できることがたくさんあるのだ。
先日、障害者理解を進める県の「あいサポーター養成講座」に取材を兼ねて参加させてもらった。学んだことは、障害といっても多種多様で、例えば内臓機能の障害や依存症など外見からは分かりにくい障害があるということ。いままで知らなかったこと、考えもしなかったことも、ほんの少し知識として頭に入れることで視野は変わる。自分がすべてではなく、世の中にはいろんな人がいる、いて当たり前、まったく同じ人なんてこの世に存在しないのだから。この当たり前のことをあらためて考えさせてもらった。
今月3日から9日までは障害者週間。1年を通していろんな週間や強調月間はあるが、障害者週間という言葉に関心を持つようになったのも、養成講座を受けてほんの少しでも勉強したから。講師先生がいわれていた「まずは知ることから始めよう」という言葉の意味は大きい。障害に限らず、他人を知ろうと思う気持ちが世の中を変える。(片)

