恐怖の論理から抜け出し、核なき世界を追求する勇気を持たねばならない――。オバマ大統領が広島の平和記念公園を訪れ、原爆死没者慰霊碑に献花し、長崎も含む原爆犠牲者を追悼するスピーチを行った。原爆ドームをバックに、被爆者と抱き合う姿が印象的だった。
 核兵器は敵国を一瞬で消してしまうほどの破壊力があり、先に攻撃を仕掛ければ、反撃され相手以上のダメージを受けるという恐怖が抑止力として作用する。保有国のトップは最終的に何を守るのか、それぞれ思惑が違えど、力で自国の平和を守るという理屈は同じである。
 日本は戦後、GHQに与えられた憲法をこれまで一度も改正することなく、米国の核の傘に守られ、ひたすら「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」しているうち、核武装した周辺国に領土を奪われる危機に直面。いまこそ、平和をいかにして守るかが問われている。
 東京大空襲で一晩に10万人以上、広島と長崎への原爆ではその年のうちにそれぞれ14万、9万の市民が犠牲となった。すでに死に体の日本に対し、アメリカのこの悪逆非道の根底には、国益以上の差別感情があったと思わざるを得ない。
 あれから71年。アメリカ国民の原爆投下を正当化する考えは依然根強いものの、ここにきて、若年層では原爆投下は間違いだったとの考えが半数を超えたという。長い時間の流れとともに、凄まじい総力戦を戦った両国民の意識は少しずつ確実に変化している。
 現実をみれば、核なき世界の実現は難しい。が、世界一の力を持つ国のトップとして、広島の地で理想に向かう決意を示した意義は小さくない。化学兵器や対人地雷と同様、大統領が自らなくす意志を示すことから千里の道が始まる。(静)