5日のこどもの日、田辺市龍神村殿原でことしも第2次世界大戦末期に同地内に墜落した米軍爆撃機「B29」搭乗員のめい福を祈る慰霊祭が営まれた。第1回は、墜落した昭和20年5月5日から1カ月後の6月9日。戦時中だったが、現場には慰霊碑や墓標も建てたという。以後、慰霊碑は場所を移転したが、慰霊祭は毎年営まれている▼地元の郷土史研究家の古久保健さん(78)はB29の墜落に関する研究を続けている。平成25年には搭乗員の遺族に会うためにアメリカにも渡った。「戦争で肉親を失った家族に、どんな状況で亡くなったのか知らせてあげたい」という思いからだ。平成17年には著書「轟音~B29墜落の記~」も発刊した
こうした経緯もあって、慰霊祭の参加人数は年々増加している。10年ほど前は地元住民らが30人程度集まるだけだったが、ことしの慰霊祭には約150人が参加した。殿原地区から発信している平和の思いが確実に広がっているといえる
慰霊祭では古久保さんが「これまでB29墜落の真実を明らかにしようという取り組みを続けてきた。この思いを若い世代に引き継ぎたい」とし、殿原地区の3人の若者にバトンを渡した。その1人の古久保真介さんは「『命は大切なんだ』という思いは人間のあり方としての基本。この思いを広げて共有するということに取り組んでいきたい」と決意を語った
戦時中から続く慰霊祭。当時は敵国の兵士を供養するようなことは考えられなかったことだろう。それが戦後70年以上も続いている。捕らえられた捕虜にもおにぎりを差し出したということも伝えられている。分け隔てなく人々を愛し、戦いのない平和を望む心が当時から受け継がれているのだろう。(雄)

