昨年みなべ町滝地内で発見された高幡山城跡を24日、住民ら約30人が訪れた。高城公民館主催の探訪イベント。中世(鎌倉から室町時代)の山城だったとみられる城跡で、これまでの文献には登場していない。探訪には、発見した県文化財センターの埋蔵文化財技師川崎雅史さんが同行。「見張りを主とした城だったのではないか」と説明した。
高幡山城は、滝地内に位置する海抜414㍍の高幡山の頂上付近に位置する。平らな面を3段に切り出した造りで、広さは二十数㍍四方。「江戸時代の狼煙場だった」とされているが、中世の城が狼煙場になったと考えられるという。中世の城によく見られる、敵の侵入を妨げるための空堀(からぼり)はなく、土器なども見つかっていない。いつ造られたかもはっきりと分からないため誰の城だったかも不明という。
川崎さんは江戸時代の文献で西本庄地内にあるとされる山城「幡山城」を探しており、「幡」という字がつくことから「西本庄地内ではなく、滝地内の高幡山ではないのか」と推測。昨年正月に高幡山に登って探し、文献になかった城跡を発見した。城の規模などから考えて、探していた幡山城ではないという。
参加者は、同公民館で川崎さんから説明を受けたあと、歩いて高幡山の山頂を目指した。約1時間半後に到着し、現地で川崎さんが「主に見張りのための城だったのではないか。日常的に生活はしていなかったと考えられる」などと解説した。東吉田の松本佳示さん(76)は「地域の歴史が分かって興味深い」と話していた。

