先日の御坊市民教養講座は、俳優の津川雅彦さんの「私の役者人生」。兄で俳優の故長門裕之さんとの思い出だけでなく、話題は多岐にわたった◆驚いたのは「いまだかつて貯金通帳を持ったことがない」ということ。「宵越しの金は持たねえ」という昔の役者の掟を守り、貯金などしたことがない。「13回入院、11回手術をしたが、貯金がないから長期入院はできない。うちのお金は朝丘雪路が全部使っちゃう」。「今時の芸能人は昔と違って堅実」と感心してみせながら、自分にそんな部分はないが、「明日入ってくるお金がないな、と思いながら舞台に立つ。後ろは崖っぷち。後退できないと人は前へ出るもんなんです。絶対にお客をウトウトさせたりしない。マイクなんかなくたって、後ろまで届く声は出せますよ」と言い、マイクから顔を離して「聞こえるでしょ?」と、よく通る大きな地声で会場後方の観客に呼びかけた◆この闊達さ、潔さは女優でエッセイストの叔母沢村貞子さんに通じる気がした。亡くなったら散骨してもらうよう決めたという沢村さんに津川さんが「どうやってお参りしたらいいんだ」と尋ねると、「海の水は全部の水とつながってるんだから。水を見たら『叔母さん』と思ってもらえればいいのよ」と、さばさばと答えたという。観客から散骨の実際について質問があり、「そのまま撒いても風で舞っちゃうから、専用の設備がある船をチャーターした方がいいですよ」などアドバイスする一幕もあった◆エンターテイナーとして「皆さんに喜んでもらうために全身全霊をかける」と言い切った、その言葉には聴く者の胸にずしんと響く力と凄みがあった。60年に及ぶ役者人生の片鱗に触れられた、濃密な90分だった。   (里)