大東亜戦争末期の沖縄戦で、飛行機もろとも敵艦に突っ込んだ陸軍特別攻撃隊員の遺影や遺品を展示している鹿児島県の知覧特攻平和会館で3日、特攻隊員を悼む61回目の慰霊祭が開かれた。戦後70年目のことしは遺族や関係者ら約1000人が参列。兄が知覧から出撃した美浜町和田の会社役員小松雅也さん(84)が遺族代表の言葉を述べた。
南九州市の周囲を山に囲まれた盆地の知覧には、昭和16年、大刀洗陸軍飛行学校の分教所が開設され、学徒出陣の特別操縦見習士官らの訓練を実施。戦況悪化した20年3月からは陸軍の特攻基地となり、沖縄戦の体当たり攻撃を中心に1036人が戦死した。小松さんの兄、中西伸一少尉(享年22)は20年5月28日、第五四振武隊の隊長として出撃、敵艦に命中したという。
小松さんは今回、仕事で都合がつかない長男の代理の孫、永江純子さん(34)と夫の誠さん(40)、純子さんの長男右京君(3)と一緒に参列。慰霊の言葉の前の焼香、あとの献花は純子さんと並んで行った。
小松さんは参列した約260人の遺族を代表して平和観音堂の前に進み、兄が出撃前にしたためた、家族と入隊前に教師をしていた母校和田小学校の子どもたちにあてた辞世の句を詠み、兄の戦死の知らせが届いたときも涙を見せなかった母が、三十三回忌の法要の日に初めて、兄の墓に抱きついて泣き崩れたことを回想。参列者のすすり泣く声が聞こえるなか、「私たち遺族は、特攻勇士の尊い、若い命の重さと、犠牲になられたことを心に奥深く秘め、慰霊顕彰と国内外の恒久平和に努力することを誓います」と述べた。

