「フレーザー川にサケがわく」。1888年、美浜町三尾出身のカナダ移民の先駆者、工野儀兵衛がふるさとに電報を送った。当時のカナダは、いきなり三尾より住みやすかったわけもなく、厳しい労働で口を糊する毎日だったはず。しかし、川にはあふれかえるサケがあった。儀兵衛らはこれに希望を見つけた。
労働や日常生活でさまざまな不利益を受けながらも、日本人としての誇りを失わず、利益を分け合い、社会に還元した。白人にはその勤勉さ、人としての徳の高さが鼻もちならなかったか。やり場のない不満は個人から集団、地域へと広がり、アメリカでは排日移民法など国家的な差別につながった。
一人ひとりがよく働き、組織として力を発揮し、ビジネスが上手な移民に対し、それができない先住民社会は敵意を持って排除にかかった。「俺たちの土地で、俺たちの魚を獲ってぼろ儲けとはなにごとか」。国家間の差別的なブロック経済、戦争の引き金ともなった石油全面禁輸も根っこは同じだろう。
石油や天然ガスでいえば、豊富な資源を持つ国は相対的に開発途上で、採掘できる技術も資金力もない。日本など資源のない先進国がその巨大な利権に絡む場合、その国の遅れを自国に比べて貧しく惨めと考えるか、あるいは国民が不便な生活な中にも、希望を持って自由に明るく生きていると感じるか。互いの目線、将来のビジョンと利益が公平でなければ交渉は進まない。
今年はカナダBC州の和歌山県人会が創立50周年。苦難の連続だった先人は貧しかったのか、それとも希望に満ちていまの日本人より心は豊かだったのか。先日、美浜町の森下町長にも式典への招待状が届いた。移民社会の歴史から、美浜町の発展につながるヒントを見いだしたい。 (静)

