「噛めば噛むほど味が出る」「知れば知るほど謎が深まる」という言葉がある。絵画、小説、写真、音楽など、自分にとって本当にいいもの、好きなものは何度見ても、聴いても飽きがこない。さらにいつでも楽しめるよう、できれば手に入れて自分の部屋に置いておきたいもの。
 ネット社会のクリエイター、とくに映像、音楽の作り手は、新作を発表するや横行するコピー、違法な無料ダウンロードに悩まされている。かつてのレコード、CD、DVDはネット配信の時代となり、流通コストの低下とともに販売単価も下がり、作品の経済的な価値は昔に比べて恐ろしいほど下がったという。
 「人間には触ることのできるものを持っておきたい欲望がある」とは坂本龍一。音楽の場合はレコードや CDでこそ、ジャケットを手にとって、歌詞を見ながら曲を聴くという〝形〟があったが、ネット上で配信されるデータは手に持つどころか、見ることもできず、スマホに取り込んだ大量の音楽は機種変更の際に捨てられる。やがて作り手もそんな風潮に流され、安っぽい音楽が増えると危惧する声もある。
 たしかに、好きなアーティストのレコード、CDは中身の音楽と同じか、それ以上にジャケットの写真、ライナーノーツが楽しみだった。いまの若い人には理解できないかもしれないが、友達にレコードを貸してと頼んでも、「指紋をつけられる」といってすげなく断られたこともあった。
 そのときの悔しさ、手に入れたときの優越感も含め、LPレコードの3000円の価値はでかかった。不可触データ時代のいま、音楽の楽しみ方は生のライブに回帰しつつある。深まる芸術の秋。チケット代と交通費、時間を使って出かけたくなるアーティストはいますか。  (静)