東日本大震災の被災地復興支援で平成24年4月から福島県新地町に派遣されていたみなべ町役場建設課の越本進男さん(43)が10日、2年半の任務を終えて帰町した。津波で大きな被害を受けた同町で集団高台移転事業に携わり、被災者の生活再建に貢献してきた。小谷芳正町長から今後の活躍に期待をかけられ、「防災力向上へ経験を生かしたい」と意欲を見せた。
 民間測量会社に勤務していた時に阪神大震災被災地で復興に関わる仕事を経験しており、平成10年7月から旧南部川村役場に勤務。復興の力になりたいとの思いを持ち、東日本大震災から1年後、国が全国の自治体に職員派遣を依頼した時に自ら手を挙げた。
 配属先は、福島県の最北、人口約8000人の新地町。津波で110人の犠牲者を出し、沿岸部で多くの住宅が全半壊するなど大きな被害を出した。海岸部の16.9㌶は災害危険区域に指定され、防災緑地公園にするため、住民の新たな生活の場として高台移転計画が持ち上がり、復興推進課の一員として越本さんも事業に携わることになった。
 移転を希望した自主再建157軒、災害公営住宅(戸建)56軒を、高台に造成する計画。山を削ったりニラ畑を造成する7カ所が候補に挙がり、越本さんは住民のワークショップから参加し、ニーズを吸い上げて意見を集約するなど重要な役割を担当。7カ所とも3~4回の会合を持って議論を尽くし、8月から9月にかけては用地買収交渉も受け持ち、12月には7カ所の一斉発注にこぎつけた。
人手や機材不足で工事は思うように進まず、「仕方のないこととはいえ、住民の皆さんの思いに応えられないのがつらかった」と振り返る。最大で半年遅れたものの、ことし4月にはすべての造成が完成。すでに多くの住宅が完成し、再出発した住民からお礼を言われたことは忘れられない思い出で、「被災者のためになりたいと手を挙げ、東北では新地町が集団移転のトップランナーといわれるほど進んだので、役に立てたことが一番うれしい。家族の理解にも感謝しています」と充実感をにじませた。
 小谷町長は「2年半で培った経験を、みなべ町でも役立ててほしい」と激励。越本さんは「命からがら避難した方々の話を聞く機会も多かったので、やはり避難道整備や逃げることの必要性を住民に訴えていきたい。例えば新地町の人にみなべ町に来てもらい、避難の話をしてもらうなどつなぎ役としても防災に貢献できれば」と力を込めている。