6日は「梅の日」だった。平成18年にみなべ町や印南町、田辺市などの紀南地方の梅関係機関で組織する紀州梅の会の申請で制定した。約470年前の1545年6月6日、時の天皇が京都の賀茂神社で催された「葵祭」で梅を奉納して祈ったところ、たちまち雨が降り始め、五穀豊穣をもたらしたという。人々はその恵みの雨を「梅雨」といい、梅に感謝したという故事にちなんでいる。
 制定以後、記念行事が展開されている。ことしも須賀神社で式典、田辺本宮大社でも行事、京都の下鴨・上賀茂神社に青梅を献上、東京の大田市場ではフェアが行われた。地元のみなべ町では商店経営者の妻が結成している「おかみ元気会」らが商店街にブースを設けて飲食物などを販売。田辺市でも学校給食に梅料理が登場するなど、梅の日を盛り上げようという取り組みが各地で行われた。
 梅は近年、価格低迷、販売不振などの問題が言われており、消費に関しても若者が梅を食べなくなっているという課題がある。10数年前は高値で取引され、「青いダイヤ」とまで呼ばれた時代もあったが、いまでは耕作放棄地の梅畑も見られ始めている。ウメ輪紋ウイルスの拡大も心配され、産地は解決しなければならない多くの懸念材料を抱える。
 梅の日の趣旨は、「梅を贈って健康を祝し、ロマンを語る日」で、制定当初は「バレンタインデーにチョコレートを贈るように、梅の日に全国的に梅を食べるようになれば」という願いが込められた。現状ではその域には達していないが、先人らの功績に感謝しつつ、問題解決に向けて地元が一丸となることを再確認することも大切だ。梅の日は1年に1度の決起大会といえるだろう。 (雄)