日高川町文化講演会を取材した。講師は印南町出身の作家、辻原登氏。平成2年に「村の名前」で芥川賞を受賞した。
演題は「わが故郷 日高」。両親の生い立ちや故郷の思い出が語られた。しかし気がつくと話は日高を遠く離れ、人類と言語の歴史が壮大な視点で語られている。聴衆の頭の上に「いつ日高の話に戻るんだろう」という疑問が浮かんでいるのを察知されたのか、辻原氏は「日高の話に行くためにこれを話してるんですが、時間内に行けるかどうか」と笑いながら時計を見た。幾分ホッとしたような笑いが起こった。
辻原氏の著作は、多くが純文学。筋立てを楽しむエンターテインメント系の文学とは違い、人間が生きている限り生まれ続けるさまざまな謎に、言葉を使って真摯に立ち向かっていく営みなのではないかと思う。講演では、人間の歴史に即して言葉の歴史が語られた。人間は進化を終えると道具を作り、そして道具の先に、目には見えない道具を作った。「それが『言葉』で、人間の最大の武器」だという。そして壮大な人類史は、やがて古事記の「神武東征」で古代の南紀に到着。熊野の神秘性の説明から有間皇子の悲劇が語られ、熊野に至る直前の地としてようやく日高にたどり着いた。
日高の意味は文字通り「日の高く輝く国」。古代も日高平野の小高い丘や田んぼは日をいっぱいに受けて輝き、熊野の深い森とは好対照を成していたことだろう。それは、極めて現世的な「陽」の性質を象徴しているかもしれない。
辻原氏の著作は、難解な作品でも書きぶりに不思議なユーモアがにじんでいるように思う。そこに「故郷日高」の持つ明るさが潜在的に含まれているとはいえないだろうか。 (里)

