元美山村村長の池本功さんが4日、入院先の御坊市内の病院で死去した。79歳だった。池本さんは、昭和59年4月に村長に初当選。平成17年5月の日高川町誕生まで6期21年にわたり務めた。白馬トンネルなど道路整備を推進し、日本一の藤棚公園を設置、企業誘致など地域振興に尽力。保健福祉の充実にも力を注いだ。そんな池本さんの熱い思いが、今日の地域の発展、住民福祉向上につながった。
 筆者は、入社後すぐに美山村を担当した。合併まで1年4カ月間という短い期間だったが、村長だった池本さんとは接する機会も多かった。初めの頃は、一見、厳格で話しづらいいかにも政治家という印象で戸惑ったが、とても優しく温厚な人だった。記者を始めたばかりで「イロハ」も知らない筆者に地域のこと、行政、地方自治などさまざまなことを親切に教えていただいた。合併数カ月前、筆者は村にとってはあまり書かれたくない類いのことを記事にした。取材の際、バツが悪そうに聞く筆者の質問にも逆にこちらをねぎらいながら答え、内情や胸の内まで話してくれた。合併が間近に迫った頃、村長室に招かれ、「君には厳しいことを書かれたなあ」と言ってにっこり。村のため、住民のために数々の修羅場をくぐり、難局を打開してきた日高地方重鎮の政治家が、駆け出しの筆者を立ててくれた。そのときの優しく温かい眼差しは今でもはっきりと覚えている。
 引退されて会う機会が少なくなったが、取材先や地域で顔を合わせば世間話をしたり近況を報告。数カ月前に市内の大型量販店で買い物されているのを見かけたのが最後だった。話しかければよかったと後悔している。池本さんには感謝の気持ちでいっぱい。心からご冥福をお祈りします。  (昌)