わが子を虐待してしまう親も、幼少期に虐待を受けた経験がある、いわゆる「虐待の世代間連鎖」。もちろんすべてに当てはまるわけではないが、子どもは親から受けた攻撃的な養育方法を学習し、自分が子育てをするときに学習したことが現れてしまうのが一つの要因ともいわれている。悲しい連鎖で、暴力は暴力しか生み出さないという表れであろう。子どもは親の背中を見て育つ、親に限らず子どもたちは大人たちの態度を見て、良くも悪くもそれが当たり前だと学習する。大人には、それだけの責任があることを自覚しなければと、自戒を込めてあらためて思う。
ましてや教育者となるとなおさらだ。連日報道されている大阪市立桜宮高校の男子生徒が、顧問から体罰を受けた翌日に自殺した問題。報道を見聞きする限り体罰というものではなく、厳しさの意味をはき違えた暴行としか受け止められない。この顧問もまた、学生時代に同じような指導を受けたのだろうか。筆者もこれまで、信頼関係を築いた上での多少の愛のムチはあってもいいと思っていたが、今回の問題を受け、そういう安易な大人の考え方を変えなければ社会環境は変わらないという思いを強くした。いまも嫌と言えず苦しんでいる子どもたちが将来、同じことを繰り返さないためにも。
先日、元プロ野球選手の桑田真澄さんが朝日新聞の紙面で「中学まで毎日のように練習で殴られ、嫌だった」「体罰を受けなかった高校時代に一番成長した」と話していた内容に同感した。体罰についての考え方は一人一人違う。同じように子どもたちも性格や考え方は皆違う。一人一人を伸ばす指導がいわれている中、変われない教育者は取り残されていくだろう。 (片)

