「もうこの年齢でしょ、本当は少しずつ栽培面積を減らしていこうと思ってたんですよ、9月4日まではね。でも災害に負けるのは悔しいですから。やり直して、今まで以上にいいものを作ってやろうと思ってます」。
 日高川町特産の千両を生産して27年になる貝野さん=田尻=は、近くで別荘37棟が流失するなどした田尻地内の日高川沿いにあった3㌃の園地を小屋(施設)ごと失った。全面積18㌃の6分の1。特に品質、収量とも成績のよかった主力の畑だっただけに「野球でいえばエースがいなくなったようなもの」とショックは大きく、水が引いたあとめちゃくちゃになった園地を見たときは言葉が出なかった。
 千両は11月下旬から約1カ月が収穫期間。短期集中だが、世話は1年中続く。水害に遭ったときは、茎が真っ直ぐ伸びるように天井からつるしたひもを1本1本茎先にくくりつける根気のいる作業を終えたところで、力の抜ける思いだった。そんな時に背中を押してくれたのが、二人三脚で歩んできた妻ヒデ子さん(66)。「お父さん、やろらよ」。短い言葉に愛情が込もっていた。「やるつもりではいましたが、もっと前向きになれました」。土砂まみれの畑を元通りにするのは無理で、3・5㌃の休耕田を知人から借り受けた。一からの再スタートとなるが、「小屋を造るのは5年ぶり。時間がかかっても、コツコツやります」。いまは残る園地の収穫が忙しいため作業には年明けから取りかかり、春には定植にこぎつけるつもりだ。
 千両は定植から収穫まで3年かかるが、「初収穫の株は『初鎌(はつがま)の千両』といって、色や実成りがそれは見事なんですよ。3年後、初鎌の千両を見るのが、私たちの夢なんです」と生き生きした表情。
 中津、美山地区は日高地方有数の産地だが、生産者は徐々に減少。さらに水害で町内の園地約1・8㌶、33棟もの小屋が被災し、衰退へ拍車がかからないか心配されている。「特産の衰退や仲間が減るのは寂しい。重労働である小屋造りを支援する態勢を整えれば、 栽培を始める人が出てくると思う。今回は申請すれば補助もありますし、この年でやり直す姿を見て、やる気を出す人が一人でもいたらうれしい」。自分の復興は産地の再興にもつながる、 との思いで頑張っていく。