先日、歌舞伎役者3代目市川猿之助の実子で俳優の香川照之が、長男の政明君と共に歌舞伎界入りすると報じられた。1999年秋の猿之助御坊公演で歌舞伎ファンとなった筆者には、長い夜の闇に突然朝の光が差し込んできたようなニュースであった◆スーパー歌舞伎で新たな支持層を開拓し「歌舞伎界の風雲児」と呼ばれた猿之助。若くして祖父と父を亡くし後ろ盾を失ったが、気概と卓越した芸の力で確固たる地位を築いた。ボリュームある体から発する明るい声。力みなぎる台詞回し。並み外れた存在感。だが2003年に脳梗塞で倒れ、舞台からは姿を消した。この8年間、いろんな舞台を鑑賞するにつけ、生き生きと跳びはねる源九郎狐など猿之助の当たり役を思い出しては現状に胸を痛めていた◆香川照之については10年近く前の本欄でも書いた。NHK大河ドラマで演技に注目、その後猿之助の実子と知り、ジャンルは違っても独自の境地の開拓を目指す姿勢に相通じるものがあると思えた。そして今回、45歳にして現代劇から歌舞伎界入り。会見を見て、状況を打破し夜明けを招いてくれた決意に胸が熱くなった。そして久々に姿を見せた猿之助が、息子と孫のため「隅から隅までズーイと、請い願い申し上げ奉りまする」の口上を明晰に述べた時には、ジーンと目頭が熱くなった◆曽祖父の兄弟の名乗り「中車」を襲名、来年6月に初舞台を踏む香川照之。これから想像を絶する困難が待ち受けていると思われる。ただ祈る思いで、克服を信じるしかない。今の段階で大きな名を継ぐことはもちろん許されないのだろうが、その精神においてはまさに「猿之助」の名を背負うにふさわしい人物と思える。運命の持つ力の強さをしみじみと感じている。 (里)

