12年ほど前、睡眠不足と疲れから持病が再発したKさん(39)は、受診した病院の内科検査で器質的な異常は見つからず、検査入院で内科から紹介された精神神経科でようやく病気の原因が分かった。しかし、そのころには一日に何度も発作が頻発、食欲など本能的な欲求がなくなったような状態となり、持病の苦しさと入れ替わるようにうつ症状が強く表層に出てきた。
腹部に感じる突然の吐き気のようなむかつき、めまい。30秒ほどですぐにおさまるが、日に5回も6回も起こるようになり、仕事の現場で立ち上がれなくなったKさんは、「胃腸が悪いのでは」と考えて病院の内科を受診した。仕事の合間に何度か通って、血液、胃のレントゲン、胃カメラなどの検査を受けたが、いずれも異常は見つからず、症状は改善されない。逆に発作の回数は少しずつ増え、1回ごとのダメージが大きくなり、食欲が落ち眠れなくなってきた。Kさんは仕事のタイミングを見計らって再度、同じ病院に検査入院を申し出た。
■体のどこかが悪いはず 「こんなにしんどいのに、どこも悪くないはずがない。徹底的に調べてください」。同世代と思われる若い医師にきっぱり告げた。4、5日の入院の間、鼻から管を通す小腸カメラなど全身の詳しい検査を行った。麻酔をかけて行う大腸ファイバーは途中から意識がなくなり、しばらく眠ったあと、フラフラする頭で小さな妻の体にもたれるようにして病室へ戻った。2人の子どもは目が離せないなか、自分の健康のなさで家族に迷惑をかけていることが情けなかった。
■内科から精神神経科へ 退院の日、医師は 「やはり体はどこも異常ありませんでした」といったあと、少し口ごもりながら、精神神経科で診てもらうことを勧めた。Kさんはまだ納得はできなかったが、「精神」「神経」という科の名前に多少の抵抗を感じながらも、よくわからないまま自分は後者の方なんだと言い聞かせるように、精神神経科を受診した。ベテランの医師は問診でほぼ病名を突き止め、脳波の結果を見た瞬間に「間違いない」といいきった。Kさんはテグレトールという発作を抑える薬をもらい、退院した。
■うつの症状が表層に 「とにかく発作の原因が分かってよかったね」。家に戻ったKさんは妻に笑顔で迎えられたが、入院する前から重かった気分はさらに重くなり、妻の問いかけに声を出して答えるのもしんどくなっていた。食欲がなく、なにもやる気が起こらず、テレビの前で横になると立ち上がることができない。「こんなことしてられん」「早く仕事に戻らないと」。入院前はそんな気持ちも強かったが、いまはものを考える余裕もない。大好きなお笑いのビデオを見てもまったくおもしろくない。昼間からカーテンを閉めきり、ベッドに横になると、体が回転しながら蟻地獄に落ちていくような感覚に襲われた。理由はわからないが、目を閉じると高いところから落ちるような恐怖を感じる。薬の注意書きには副作用として強い眠気、集中力の低下があるという。体はさらにしんどく、うつ病特有の光が重たく感じるようになり、漠然と「眠って目がさめなければ楽になれるな」などと考えたりもした。
■周囲は病気への理解を そんなKさんに、妻は「大丈夫?」「調子はどう?」と聞くぐらいしかできない。夫婦といえども、普段から互いの気持ちを理解するのは難しく、どちらかが病気のときはなおさら。「しんどいのは気持ちよりも体」。それが分かっていれば、周囲の人も支えることができる。5年ほど前、離婚をきっかけにうつとなった杉村三郎さん(37)=仮名=の現在の妻菜穂子さん(32)=仮名=は、本を読んで病気のことを知り、「うつは治る病気」と分かって、不安は小さくなったという。「彼がしんどいときも病人扱いはせず、ごく普通に接していました。こちらが気を使ってる感じは相手に伝わるので、それがまた患者にとってはストレスになってしまいますから」。うつ病の患者には、そばにいる人の理解と押しつけではない協力が大切だ。
■疲れたら無理をせず眠る 幸い、Kさんは徐々に薬の効果が表れた。数年来なかった熟睡ができるようになり、発作はおさまり、目が覚めたときのそう快感に驚いた。「人間には睡眠がとても重要だということを痛感しました」。眠れるようになると一気に思考が回り、次々と発想がわき、なによりも「やる気」がみなぎった。いまは疲れてるなと感じたときは無理をせず、酒も飲まずによく眠るよう心がけているという。