山々が錦のように美しく染まる秋を表す「錦秋」という言葉を知ったのは学生の時、宮本輝の中編小説のタイトルとして。錦は日常的に耳にする言葉ではないが、小学校の国語教科書に載っていた中国民話「チワンのにしき」のおかげで幼い頃からなじみがあった◆木の葉の紅葉や黄葉の仕組みはシンプルだ。夏の間、葉は日光を吸収し、緑の色素クロロフィルが活発に光合成を行う。秋が来て日照時間が短くなるとクロロフィルが分解され、葉に蓄えられた栄養は幹へと回収される。それが翌年の春に再利用される。赤い色素アントシアニンは春から夏の葉には存在せず、葉の「老化」の過程でつくられ、光の害から植物の身体を守るそうだ◆日本の秋の眺めは、そのように紅葉・黄葉する木々のおかげで金糸銀糸に彩られた錦のように美しい。学生時代を過ごした京都では、東福寺の通天橋から見た紅葉の眺めが印象的だった。その年は寒暖差がさほど大きくなく、「例年ほど鮮やかではない」とガイドさんが言っていたが、それでも十分に美しかった。深みのある赤はそのままに秋の深まりを思わせる◆その紅葉の時期が地球温暖化のためか年々遅くなりつつあるという。気象庁の観測データによると10年当たり約3・0日のペース、1953年からの約70年で20日以上遅くなっているとのこと◆正岡子規には「古寺に灯のともりたる紅葉かな」、高浜虚子には「大紅葉燃え上がらんとしつつあり」「一枚の紅葉かつ散る静かさよ」「通天の紅葉といふを折りて来し」など、秋の句として紅葉を美しく詠んだ句は幾つもあるが、いまのような気候の傾向が進むと紅葉はいずれ、初冬を表す季語になるかもしれない。(里)