
第75回芥川賞受賞作である。
吉行淳之介―この数年のこの賞の候補作の中でその資質は群を抜いており、一方作品が中途半端な評価しかできないので、困った。
丹羽文雄―芥川賞の銓衡委員をつとめるようになって三十七回になるが、これほど捕まえどころのない小説にめぐりあったことはなかった。それでいてこの小説の魅力を強烈に感じた。
中村光夫―技巧的な出来栄えから見れば、他の候補作の大部分に劣るといってもよいのですが、その底に、本人の手にも負えぬ才能の氾濫が感じられ、この卑陋な素材の小説に、ほとんど爽やかな読後感をあたえます。
井上靖―私は村上氏を推した。所々に顔を出す幼さも、甘さも、この作品ではよく働いていて、全編をうっすらと哀しみのようなものが流れているのもいい。
永井龍男―村上氏の若く柔軟な才能を認める点では、他の委員に劣らぬがジャーナリズムの過熱状態が心配。
瀧井幸作―村上氏の「限りなく透明に近いブルー」は、この小説の題名に才気が見える…。
―飛行機の音ではなかった。耳の後ろ側を飛んでいた虫の羽音だった。蠅よりも小さな虫は、目の前をしばらく旋回して暗い部屋の隅へと見えなくなった。―
作品の冒頭である。これを読んで純文学だとすぐにわかる。しかし、この後に続くすべてについて、どれだけの人が芥川賞だと言える人がいるだろうか。最初から最後まで全編に亘りドラッグによる乱交パーティの描写が続く。ドラッグもヒロポンもLSDもヘロインもある。それを複数の男女が互いにセックスを繰り広げながら接種しあう。さらにオーラルセックスもある。休憩など何にもない。多分、銓衡委員以外の人には理解しがたい作品なのではないだろうか。いま読み直してみて改めてそう思う。しかし、芥川賞受賞当時は珍しさもあり三百四十万部も売れた。ある銓衡委員が言うようにこのセックスとドラッグの羅列が何を言いたいのかサッパリ分からないしそんなに面白いとも思えない。ただ言えるのはこの作品は具象画を書いていない。それも絶妙に精緻な文学表現で書いている。これが優れているのは徹底して没主体の文学であるからだと解説で今井裕康も書いている。
―血を縁に残したガラスの破片は夜明けの空気に染まりながら透明に近い。
限りなく透明に近いブルーだー
これが文学だと思う。(秀)

