御坊市歴史民俗資料館主催、豊臣兄弟に関する講演会を取材した。NHK大河ドラマで注目を集めているためか、講演後も熱心な質問が相次いだ◆筆者が豊臣秀吉の弟、秀長の名を初めて知ったのは1981年のNHK大河ドラマ「おんな太閤記」で。佐久間良子さんが主役のねね、秀吉は西田敏行さん。そして弟の秀長は中村雅俊さんだった。今も「小一郎」ときくと、中村さんの誠実で温厚そうなイメージが浮かぶ。兄弟でも油断のならない戦国時代だが、藤吉郎と小一郎は終生強い絆で結ばれていたようだ◆今回の講演テーマは「豊臣(羽柴)兄弟来襲の前と後―日高の城跡からみる」。豊臣兄弟による紀州攻めは1585年3月。これが紀伊国にとっても、中世から近世への大きな転換点となったという。それまでは湯河氏、玉置氏らの地元武家がそれぞれ支配していたが、それ以降は統一を目指す巨大な権力である豊臣兄弟が一括して支配する国へと変貌。悲惨な戦国時代を終わらせるために大きな権力、統一権力が生まれた。その権力の象徴が天守閣である◆講演後は熱心な参加者から多くの質問が上がった。「13代目亀山城主の湯河直春はなぜ秀吉に抵抗したのか」「なぜ日高に攻めてきたのか」など。講演した城郭調査研究会の白石博則さんによると、秀吉や秀長からみると紀州で一番大きな勢力は湯河氏であり、これを攻め滅ぼさないことには紀州を平定したことにはならないと考えていたようだという。家来が平定できなければ、自らが日高に攻めていくつもりもあったようだ、と◆城は武力のシンボルであるが、それ以降は武力を背景にした「平和」のシンボルとなった。歴史の流れの面白さがよく分かる講演会であった。(里)