先日亡くなった人気作家東野圭吾氏の作品に、臓器移植をテーマに家族の愛情と狂気を描いた「人魚の眠る家」という長編小説がある。不慮の事故で脳死状態となった6歳の娘を生かし続けるか、死を受け入れるか。両親は苦悩の挙げ句、IT機器メーカーの夫の会社の先端技術で前例のない延命治療を始める。
保険適用外の横隔膜ペースメーカーを埋め込んで自発呼吸を促し、電気信号で手足を動かし、表情をつくることによって、娘は一見、自らの意思で「生きている」ようにしか見えなくなるが、周囲の人たちが引き始める。
作品を読む人、見る人によって、度が過ぎる家族の愛がホラーのような印象を受けるという点では、米国映画「私の中のあなた」もなかなか。白血病に冒された娘を救うため、両親はドナーとなることを期待して、遺伝子操作を行った子ども(デザイナーベビー)を出産する。
病気の姉を救うために生まれてきた妹は、臍帯血移植や輸血、骨髄移植に協力させられてきたが、13歳になったある日、腎臓の提供を求められたことをきっかけに、今後いっさいの協力を拒否。自分に犠牲を強いるばかりの両親を相手取って訴訟を起こす。
好きと嫌い、期待と裏切り。登場人物の愛情が何かをきっかけにバランスを失い、怒りから憎しみへと変わるのは映画や小説の基本だが、これほど生々しい執着を突きつけられると、フィクションとは分かっていても見るのが苦しい。
穏やかな日々は退屈にさえ感じることもあるが、いつわが身に降りかかるかしれない非日常に備えたい。まずは家族の健康と、風呂に入り、エアコンをつけて眠り、放置車両のない安全な道を通行できる日常に感謝を。(静)


