お盆になると、都会に出ている親戚たちが久しぶりに里帰りし、しばらくの間、生まれ育ったふるさとで過ごした。近くの親戚も集まり、夜には酒を飲みながらみんなで歓談。自営業を営んでいた父親は、盆の期間は仕事を休みにし、昼間からビールを飲みながら高校野球をテレビ観戦。母親はというと、親戚らに出す酒のつまみを作るのに忙しそうにしていた。これが筆者の幼い頃のお盆だった。

 昔は、どこの家庭でも多少の違いはあっても、親戚や家族が一緒に過ごし、楽しく交流していたのではないだろうか。しかし、時代の流れとともに、その光景は変化。お盆の風習も簡素化され、盆踊りを中止にする地域もみられ、地元住民らが集う機会も少なくなったように思う。最近ではお盆といっても単なる連休程度の感覚で、特別感は薄れてしまい、普段の生活と大差ないと感じる人も増えたのではなかろうか。

 お盆は先祖が里帰りしてくるといわれ、お供え物をして迎える。インターネットで盆の歴史を調べてみると、「日本書紀」に書かれている606年の施斎が最初の盆に関する記述という。その後、貴族、武家社会で先祖や戦死者を悼むための仏教行事として営まれ、江戸時代以降は民衆の間にも広がったという。「盆」は文字通り、霊に対して供え物を置く器という意味がある。地方によって風習は異なるが、先祖をもてなす日本の伝統的な習慣といえる。

 今の自分が生を受けたのは先祖があってこそ。故人を思い出しながら感謝し、手を合わせることは大切。時代の流れとともにお盆の風習は変わっていくが、その思いはいつの時代も変わってはならない。(雄)