元神戸新聞記者、グリコ・森永事件をモチーフとした「罪の声」等で評価の高い塩田武士の短編集をご紹介します。

 内容 ある市役所の広報課。特産品のイチジクをPRするイベントの企画に忙しい。ここで頑張る新人の吉村啓太には、ちょっと困った上司の小山田がいる。地元出身の演歌歌手、有方幸子をイベントに出演させようと企画会議に張り切って臨むが、肝心の先方のスケジュールを確認していなかったため、「有方幸子さんのご出演は必須のもの」と熱弁を振るった挙句、幸子には当日は別の仕事が入っていることを部長から教えられてどやされる。飲みに連れていかれ、強引に勧められるままボトルを入れた啓太だが、数日後に行ってみたら小山田にほとんど飲まれていた。(「小さい上司」)

 34歳の男が小学生男児を後ろからはねた交通事故が発生、男児は意識不明のままだ。裁判を傍聴した神戸新聞記者の瀬戸郁郎は、男児の父が知り合いのテレビディレクター岡崎であることを知る。取材を重ねるうちに、単純と思われた事故の背景にあった複雑な人間関係が、次第に明らかになってくる。(「鈍い火」)

 そのほか、18歳から48歳まで、30歳の時を経てようやく結ばれた2人の結婚披露宴をテーマとした「仮縫い」、車は自動運転となり、車だけが通行する「車行区」、歩行者だけの「歩行区」に社会全体が分けられているという近未来社会を描いた掌編「起点」の4編を収録。

 笑いあり、シリアスありのバラエティに富んだ短編集。

 どれも短いけれども充実しており、小さいけど「ずしっ」と重みのある、鉱物の結晶のようです。材質はそれぞれに異なり、社会派ドラマの短編を見るような趣で物語としての完成度の高い「鈍い火」、実験的な掌編「起点」のほか、「小さな上司」と「仮縫い」は、同じキャラクターでシリーズ化してほしいような気がします。

 映像化作品も多い著者ですが、「小さな上司」はドラマシリーズ、「鈍い火」は映画で見たいです。

 本書は講談社が、著名作家の埋もれた短編を集めて出版する文庫シリーズ「STОRY IN PОCKET」の一冊。200㌻足らず、価格は税込550円に抑え、若い人たちに文庫を通じて物語に親しんでもらおうという試み。私自身、薄い本で内容がよければ「珠玉の一冊」という感じで格別の愛着が湧くこともあります。(里)