
カンヌ国際映画祭で、岡本多緒が主演女優賞を受賞した映画の原作本。哲学者宮野真生子と人類学者磯野真穂の往復書簡で、物語ではないが、二人の心の動きが物語を紡ぎ出している。
二人は「文学共和国の会」という会合で知り合い連絡を取り始めた。きっかけは磯野が乳がんになったことである。
病院で宮野は医師に尋ねた。
「具合が悪くなってから、どれくらいもつものなのでしょうか」
「悪くなるときは一気なんです。急な場合、三週間ほどで亡くなる方もいます」
「三週間? 三か月じゃなくて?」
その日から宮野と磯野は約三か月間に渡り書簡を交す。
「死から今を照らして悔いのない生き方をする」。しかし「死から今を照らすこと」に違和感を感じるなどの会話が交わされていく。そして、どんな治療法を選ぶか、「選ぶのも大変、決めるのも疲れる」という宮野。宮野の頭に偽装された粗雑な運命論が頭をもたげる。しかし、脳に転移が見つかり、そして骨にも転移していった。磯野は、「早く良くなるといいね」「お大事に」「ムリしないで休みな」「大丈夫」等の言葉は使ってはいけないのだと気付く。
「急に具合が悪くなる」というのは明確に「死」へと直結するものとなったからである。そして哲学者である宮野は考える。
―いつか必ず死が訪れ、未完結に終わる人間が未来に対しあらかじめ決定的な態度をとるなんてできないんじゃないか―。これに対して書簡で磯野は言う。
「宮野にしか紡げない言葉を記し、それが世界にどう届いたかを見届けるまで、絶対に死ぬんじゃあねーど」。
しかし、宮野は最後の書簡で「磯野さん、あなたが語る物語はあなただけのものではない。踏み跡を刻む覚悟、出会いと開かれた愛あるものだと私は思います。ここまでの思索を伴走してくれて、本当にありがとう」。
三か月後の七月六日午後四時五六分、宮野は救急搬送された。彼女のMacを開けた磯野は、その無機質なマシンの中に、彼女の生き抜こうとした命を感じ取ることができた。
「楽しみだわ。わくわくする。これから」「そうだね、わくわくがふさわしい」「さあ、勝ちにいくぜ」「勝ちにいくのである。何が何でも」「いい夏になるぞ」「最高の夏になるよ」この会話が最後の書簡になった。(秀)

