先日、紙面の校正作業で誤りを見落としてしまうミスをしてしまい、間違った内容で記事を掲載してしまった。取材の際、複数の関係者に直接お詫びを伝えたが、20代、30代の若い皆さんは「全然大丈夫ですよ」「ミスしない人間なんていませんよ」と許してくれるだけでなく、励ましの言葉までいただいて、なんて心の広い人たちばかりなんだと感激した。小さいことでついイライラしてしまう自分が恥ずかしく、こんな人間にならなければとあらためて思わせてもらった。許す心というのはなんだか清々しい。

 時は大いにさかのぼるが、縄文時代の日本、人々は1万年以上も大きな争いのない時代を過ごしてきたといわれる。見つかる人骨から争った形跡があまり見つかっていないからだ。世界遺産に認定されている三内丸山遺跡などでは小さな集落をつくり、墓地や祭祀場まで備えていた様子が残されている。木の実や山菜、海産物も豊富で、争う必要がなかったともいわれる。我々が想像していたような原始的な生活ではなく、恵みに感謝しながら自然とともに心豊かに、穏やかに暮らしていたんだろう。許す心は縄文人から受け継がれたのかもしれない。

 現在、大人が子供を手にかける事件、言葉巧みに大金をだまし取る詐欺、闇バイトによる強盗など心が沈むニュースが後を絶たない。人の命が軽視されたような、理解に苦しむ事件が目立つように感じる。1万年前から確かに技術は進歩しているが、人の心は進歩したといえるのだろうか。縄文時代の生活に戻れというのではない、日本人に宿る人を思いやる心を思い起こすだけでも、未来はほんの少し変わるかもしれない。(片)