和歌山県人に、特に花や園芸が好きな人にぜひ読んでほしい一冊をご紹介します。県内の高校図書館司書が選ぶ「わかイチ本」にも選定されています

 あらすじ 時は江戸時代の紀州藩。藩士の息子、十兵衛は幼い頃から、草や花とは自由に語り合うことができた。しかし人間とはなかなかそうはいかない。 

 ある時、草花の採取に山中に出かけた十兵衛は思いもかけず天狗(てんぎゃん)と出会った。その日から、十兵衛の身の回りでは面妖な出来事が次々と起こってくる。

 本草に触れ、本草にかかわってさえいれば何もいらないような十兵衛だが、恩師・桃洞、十兵衛より少し年下で生意気な少年・良直らとかかわりながら、豊かな紀州の自然の中で知らず知らずに自分の心を育てていく。亡き父親も、時折定家葛(ていかかずら)の蔦をつたって彼岸から此岸へふらっと降りてきては、いろいろと言葉をかけてくれるのだった。

 紀州藩は十代藩主、徳川治宝(はるとみ)の治世。「数寄の殿様」の異名を持つ治宝は、本草学などの学問に理解があり、十兵衛はやがて、海水を引き込んだ画期的な池泉回遊式庭園、大名庭園「養翠園」の築造にもかかわることとなる。 

 実在する江戸時代の本草学者、畔田翠山(くろだ・すいざん、1792~1859)が主人公のモデルとなっています。

 数年前にNHK朝の連続テレビ小説「らんまん」の主人公が、誰もが知る植物学者の牧野富太郎をモデルとしており、ドラマでは神木隆之介が好演していました。

 小学校の国語教科書にも載っていた牧野富太郎ですが、畔田翠山については同じ和歌山県人でありながら、今回本書を読んでモデルとなった人物を調べてみて初めて知りました。

 歴史ものとして読んでいると、山で初めて目にする種類の蜜柑を味わっているところへ、その蜜柑の化身が烏帽子をかぶった古風な姿で立ち現れたりして、なんとも不思議な味わいのファンタジーであると認識。歴史好きにもファンタジー好きにも十二分に楽しめること請け合いです。

 本書の表紙は澄んだ深い青と緑が印象的な絵で、MAYA MAⅩⅩさんによるもの。作品世界と合った、深みのある豊かな自然の息吹を感じさせてくれます。出版社HPにあった著者の言葉によると、他界されたとのこと。とても残念です。(里)