
5月は初夏、野山の緑の美しい季節。今月のテーマは「緑」とします。
「すでに遥か彼方」(片岡義男著、角川文庫)
1980年代の若者文化に多大な影響を与えた著者。「スローなブギにしてくれ」等多くの著作が映像化されました。本書は52編を収めたエッセイ集。その一編「林檎の樹」を紹介します。
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星条旗が立っている郵便局の裏をゆっくり通り過ぎると、行く手に一本の巨木が見えた。(略)巨木や大樹は、たいていの場合、神々しさに近いような威厳を、長い歳月のなかで自然に身につけていく。(略)幹の途中から枝が何本も分かれ、あらゆる方向へのびつつ、20㍍をこえる高さをきわめている。濃い緑色の葉がびっしりと茂り、明るい夏の陽射しに鋭くきらめいていた。(略)「この町にずっと住んでいて、いちばん美しくなつかしい、大切な思い出はなにですか」と、ぼくはきいてみた。「林檎の樹に花が咲くのを、毎年、見たことだね」自信を持って、老人はそう言い切った。彼の即答には、威厳があった。


