5月はすがすがしい緑の季節である。1年12カ月はそれぞれに独自の表情を持つが、春から夏へ向かうこの季節の心地よい空気は、特に人の心を浮き立たせてくれる。この時季の喜びをうたう詩歌は数多い◆新宮出身の詩人佐藤春夫は「望郷五月歌」でふるさとの五月をうたった。「空青し 海青し 山青し 日はかがやかに 南国の五月晴れこそ豊かなれ」との一節はよく知られる。また、情熱の歌人与謝野晶子にも「五月礼賛」と題する詩がある。「五月は好い月、花の月、芽の月、香の月、色の月」「女の服のかろがろと、薄くなる月、恋の月」。軽快なうたいぶりに季節の喜びが満ちている◆俳句では、特に有名なものは山口素堂の「目には青葉山ほととぎす初鰹」。ほかにも中学校の国語教科書に掲載されていた中村草田男の「万緑の中や吾子の歯生えそむる」。生き生きとした生命感と喜びがあふれ、授業で習った俳句の中では最も印象に残ったものの一つである◆筆者の好きな俳人、高浜虚子には「風薫る五月の空を仰ぎけり」と、この季節の突き抜けるようなすがすがしい空気をまっすぐに詠んだ句がある。冬の冷たい風でなく、吹いてくるその温度を身に心地よく感じる五月の風。稲畑汀子「地平線まで吹き抜ける風五月」、山口誓子「吹流し五月の風を蹴りに蹴る」◆また、青葉の深まりゆく山々に、見えなくなった桜の花を惜しむ和歌もある。平安時代の東大寺の僧侶、俊惠「いかにせむ山の青葉になるままに遠ざかりゆく花の姿を」。輝かしい季節の中に、ふと誘われる過ぎた季節への感傷。それもまた、一つの詩心である◆季節の移り変わりを敏感にとらえ反応する感性。四季の豊かなこの国でこそ育まれる、大きな財産であろう。(里)

