
春の叙勲受章者が発表され、県関係は地方自治功労で旭日大綬章の元知事仁坂吉伸氏(75)=和歌山市西高松=ら37人が受章。うち日高地方関係は地方自治功労で元御坊市議会議長の坂本守氏(76)が旭日小綬章、消防功労で元みなべ町消防団長の西原英男氏(70)が瑞宝単光章を受章する。叙勲発令は4月29日付。
仁坂氏は2006年(平成18)12月の知事就任以降、4期16年にわたり県勢発展に尽力。全国知事会副会長、関西広域連合広域連合長なども歴任した。
就任直後は前の知事らによる官制談合事件を受け、監察査察制度の創設など不正排除と再発防止のための改革を推進。11年9月の台風12号豪雨による紀伊半島大水害では応急期の人命救助、孤立集落の復旧、道路や河川等の本格的な復旧・復興へのアクションプラグラムの策定と実行、災害を教訓としたダム事前放流の制度化などに心血を注いだ。新型コロナのパンデミックでは、野㞍孝子福祉保健部技監を現場指揮のトップとして、「和歌山モデル」と呼ばれた独自の感染拡大防止対策を推し進めた。

1983年1月の御坊市議会議員選挙で初当選し、07年1月の引退まで連続6期24年間にわたり、議員として常に市民の立場に立った政治姿勢のもと、積極的に政策を提言し、日高地方の中心都市となる御坊の基盤整備や経済の発展に多大な貢献をした。
この間、88年3月から89年3月まで副議長、93年3月から94年3月までと95年2月から96年3月まで議長を2回務め、柔軟で卓越した政治力と人間性をもって議会の円滑な運営に手腕を発揮。議会の役割や責務を十分に踏まえ、議会活動が市民と一体感のある活動となるとともに、市政に対する関心を高めてもらおうとサンデー議会を開催したほか、高速道路の早期完成、企業団地の造成、企業誘致など活力ある都市としての基盤整備に尽力した。
また、1983年に国の重要港湾に指定、港湾計画が策定された日高港の整備に向けて、市議会の同港湾調査特別委員長などを歴任し、港湾整備の調査研究を重ね、議会内でも研修を行うとともに、公有水面埋め立てや漁業補償などをはじめとする諸問題の解決に誠意をもって取り組んだ。98年2月には公有水面埋め立ての免許が知事に承認され、自身念願の日高港湾整備が大きく前進。第1期工事が始まり、その後04年に港の暫定供用がスタートした。
この傍ら、95年11月には保護司にも任命され、罪を犯した人の更生や再犯防止、犯罪・非行の未然防止へ献身的な活動をしてきた。
受章には「身に余る章をいただき、誠に光栄です。議員活動ができたのは全て支持者のおかげ。日高港とともに歩んだ議員人生でもありました。今後も体力の続く限り、地域のために頑張ります」と話している。

1983年11月に消防団員となり、2025年3月31日に退団するまで42年にわたって地域住民の生命と財産を守る活動に力を注いだ。
1978年3月に明治大学商学部を卒業。入団してからは、町内で火災が発生するとすぐに出動して常に消火活動の第一線で活躍。14年から分団長、18年から副団長、20年から5年間は団長として団員の安全確保を図りながら防災力向上に尽力した。出動は数えきれない中、23年3月に発生した東神野川地内のみなべ百年の森の山林火災、翌24年の東本庄の民家火災では団長として指揮を取り、迅速で正確な判断で各分団に指示を出し、いずれも被害を最小限にくい止めた。
水防活動では、団員時代の88年9月の集中豪雨で河川が増水、多数の民家が床下浸水した際は、このままでは人命をはじめ大きな被害が出ると判断し、大雨の降るなか危険をかえりみず家屋の周囲に杭を打ち、土のうを積むなどして被害を抑えた。県内に甚大な被害が出た11年9月の台風12号豪雨では、班長として団員と連携して被害の拡大防止に尽力した。
機械器具や水利の点検は最も重要な任務であると強調して団員に指導してきた。毎年11月に町内全域で実施される防災訓練では、避難誘導のほか地区住民を集めて自らが指導者となって消火器の操作説明や体験を実践し、火災を未然に防ぐ初期消火の大切さと防火意識の高揚にも大きく貢献。団長として消防力強化にも力を注ぎ、率先して講習会等に参加しながら、積極的に訓練や講習会を開いて消防の質の向上にも努めた。これまで消防庁長官から永年勤続功労章、県消防協会長から40年勤続章を受章している。


