京都府南丹市の小5男児行方不明は、先月23日の通報から21日後の今月13日、山林で男児の遺体が発見され、3日後、男児の父親が死体遺棄の疑いで逮捕された。調べに対して自身の関与を認めており、一部報道では殺害も認める供述をしているという。

 警察は男児の氏名や顔写真、身体的特徴などを表に出す公開捜査とし、発生直後からテレビや新聞で大きく報じられた。捜査上、報道陣への情報提供や関係者への取材は厳しく制限され、新たな情報が出ないなか、世間は霧のようなモヤモヤが濃くなり、少しずつ身近な関係者=親族への関心が高まった。

 情報には公式なものと非公式なものがある。事件事故なら国家権力を持つ警察など捜査当局の発表が信頼すべき公式情報となり、テレビや新聞を通じて伝えられるが、いまの時代、公式情報が出ない場合ははるかに速報性が高い動画サイトやSNSに世間の耳目が集まる。

 今回の京都の事件では、父親が逮捕されたあと、テレビが別人の映像を容疑者として放送し、SNSでも誤報やデマの拡散があった。どちらがいい、悪いという話でなく、刺激の強い情報が瞬時に伝播するいまの時代、送り手も受け手も慎重さが求められる。

 国内の殺人事件は約半分が親族間で、本来、親に守られるべき子どもが親に殺され、夫が妻、妻が夫を手にかけるケースも後を絶たない。無論、それぞれの当事者には他人が理解し難い事情もあり、公判まで追えば事件の印象が当初と大きく変わることもある。

 公式情報の少ないニュースこそ、単純に画一化することなく、個々の事情にまで目を向けたい。京都の事件の反応をみながら、あらためて強く感じる。(静)