先日、御坊市湯川町富安地内の東谷に江戸時代、新池の築造に尽力した御坊の偉人「柏木浅右衛門(あさえもん)」の功績をたたえる189回忌法要が、富安地内の墓前で行われた。東内原村(現在の日高町荊木)生まれの浅右衛門は地元農業のかんがい用水不足を解消するため、私財をなげうって1837年(天保8)にため池の築造に着手。病を患い翌年4月、工事半ばで死去したが、その後、天田の大庄屋が遺志を受け継ぎ、41年に堰堤137㍍の新池が完成。上富安、下富安、荊木の今日の農業発展の礎を築いた。
浅右衛門は幼少の頃に2年連続の干ばつを経験し、毎朝暗いうちから田んぼに出かけてイネの葉についた夜露を落として回り、残り少ない井戸水を土瓶にくんで一株一株、イネの根元にかけていったが、イネ枯れを防ぐことはできなかった。親の苦労や自身も疲労が溜まる中、「大きな池をここに造るしかない」と幼心に決意。やがて大きくなり、和歌山に行って池造りや道普請をしながら土木技術を学び、帰郷した浅右衛門が村の寄り合いで池の計画を話したが、最初はあまりにも夢のような計画に村人も二の足を踏んでいた。しかし、浅右衛門の熱心な姿に心を打たれ、役人に池造りの計画を願い出たところ、聞き入れられたという。
浅右衛門が幼少のころから一貫して持ち続けた農業への思いや熱心さが、村人や役人を動かした。地域の振興や活性化は当然、一人の力ではできないが、キーマンというか、リーダーとなるような人の存在もまた必要不可欠。浅右衛門に対する敬意と感謝を表し、あらためて地域の農林水産業、経済、観光などの発展を考える機会にしたい。(吉)

