
今でも僕の耳に響く、魂を揺らす音楽。君が身をかがめ、影が落とす鍵盤は、君のタッチに震え、結晶になる。水は集められ瞑想の中で君は目を閉じる、君自身をもっとよく見るために。(ビル・ザヴァツキー)
本書はピアノの詩人といわれるジャズ・ピアニスト、ビル・エヴァンスのインタビュー集である。彼の演奏はスリルと緊張感に満ちたインタープレイに特色がある。多くのミュージシャンに多大の影響を与えた彼の芸術の神髄に迫ろうというものだ。
ビル・エヴァンスは一九二九年ニュージャジー州に生まれる。ピアノをやっていた兄の影響で六歳でピアノを始めた。その上達は目覚ましく十歳でモーツアルトのソナタを弾くほどであった。
兄はビルの余りの天才ぶりに驚き、自らはピアノを止めてしまう。彼は十七歳でレストランのアルバイトで演奏を始めた。大学一年のとき、プロのピアニストとして活動を始める。一九五一年、兵役に就くが除隊後ニューヨークへ出て各所のジャズクラブで演奏を開始。一九五八年、ビルの天才ぶりを聞きつけたマイルス・デイビスが自身のバンドに白人として初めて誘った。一九五九年、マイルスの『カインド・オブ・ブルー』(ジャズの歴史的名盤)の録音に参加。その後、ビルは自らのバンドを結成し、全米のみならずヨーローッパにも演奏活動の場を広げた。一九六三年、アルバム『自己との対話』がグラミー賞を受賞する。一九六九年ピアノ・ソロ・アルバム『アローン』で再びグラミー賞を受賞。一九八〇年肝硬変にて死亡。享年五十一歳。
彼の演奏は、ガラス細工のように繊細で、真珠の輝きを持っていると評された。
ビル・エヴァンスの言葉「自分の音楽をゼロから創り出したい。積み上げるようにね。というのは、一音を弾くごとに自分が見えてくるからなんだ。」
そして、マイルス・デイビスは云う。「ビルの演奏には、いかにもピアノという感じの、静かな炎のようなものがあった。彼のアプローチの仕方やサウンドは、水晶の粒や、澄んだ滝壺から流れ落ちる輝くような水を思わせる。彼がバンドと一緒に音階を弾くと、リズムをかいくぐるような感じがしたんだ」
ジャズの巨人マイルスは見るべきところを見抜いていたに違いない。
私は車を運転しながらいつもビル・エヴァンスの水晶の粒のように輝く、彼の音楽を聴いている。(秀)

