印南町印南、元日高広域消防長の弓場研二さんが小説「逃げるが勝ち」を出版した。題材にしたのは、江戸時代の1854年11月5日に発生した安政南海地震。印南町は大地震の際、広川町、白浜町と並んで津波に常に襲われてきた地域だが、安政南海地震の時だけは死者がゼロだった。なぜか、答えはその147年前の1707年に起こった宝永南海地震で印南浦が全滅に近い状態となり、300人以上の死者が出たことを4~5世代にわたって語り継ぎ、誰もが「地震の後に津波がやってくる」ことを知っていたから。

 小説はこの事実をもとに、当時数え12歳だった少年が書き残した津波の様子をもとに弓場さんが読みやすく、心に残る物語に仕上げた。一読させてもらったが、すらすらと読め、筆者も印南人だからというのもあるが、当時のまちや人々の様子が鮮明に思い浮かんだ。死傷者が一人も出なかったからこそ、厳しい避難生活にも復旧・復興への希望があふれ、人々の前向きな笑顔があふれていたのが印象的だった。

 弓場さんもいっておられたが、死傷者が出てしまったらそうはいかない。当然、悲しみ、後悔などさまざまな感情が入り混じり、明るく前向きにとはなかなかなれないだろう。「一人の犠牲者も出さない」は夢物語ではなく、達成すべき目標である。

 残念ながら、安政南海地震から92年後の1946年に起こった昭和南海地震で印南町では16人の死者が出た。宝永の教訓が語り継がれなかったからだといえる。教訓を再び生かすのは今を生きる我々の使命だろう。「津波は、避難を間違えなければ助かる災害」という弓場さんの言葉をあらためてかみしめたい。(片)