1975年4月、カンボジアで極左武装組織のポル・ポト派が親米政権を倒し、その後に170万人もの国民が死に追いやられた。先日の読売新聞に、10歳で肉親6人を失った同国出身の女性の記事があった。
混乱のなか、生き残った兄と地雷原を歩いて国境を越え、タイの難民キャンプを経て、長姉が留学していた日本へ逃れた。難民認定を受け、16歳で小学校に編入、日本人の男性と結婚し、2人の子を出産。幸せな日々も、常に生き別れた家族が気がかりだった。
生存が確認できぬからといって、遺骨もないのに死んだとは認めたくない。弔いもせず生きてきたが、それがずっと苦しかった。ある日、大雨の墓地でふと足下を見ると、母や姉の骨がむき出しとなり、「助け出して!」という悲鳴が聞こえる夢を見た。
母たちが夢枕で「前に進みなさい」と言ってくれたのかも――。その後、祖国の故郷を訪ね、村人が畑で拾った数個の骨を肉親と村の犠牲者に見立てて荼毘に付し、ようやく家族の死を受け入れ、長い葛藤から解放されたという。
宮部みゆきの「三島屋変調百物語」には、この女性のような心に痛手を負った人が次々と出てくる。江戸の商家の娘が客の不思議な話に耳を傾け、客は語ることで荷を下ろし、娘も自身が抱える闇に向き合い、立ち直りへの力を得る。しかし、現実はなかなかうまくいかない。人によっては何十年という時間がかかる。
あしなが育英会は今月末をもって、東日本大震災遺児への支援を終了する。あの日から15年が過ぎ、遺児たちが成人となり、自立したことが理由だが、多くの被災者が心に区切りをつけ、前進されていると受け止めたい。(静)

