
弓場さんは1995年の阪神淡路大震災被災地で消火や救助活動を経験したことがきっかけで、南海地震に強い関心を持つようになり、印南町の地震の歴史等を熱心に勉強し、防災講演活動などを積極的に行っていた。定年退職後は鍼灸師の資格を取得し、現在は訪問専門で活躍している。
2024年8月の南海トラフ地震臨時情報発令を機に、迫る巨大地震・津波から一人でも多くの人が助かるよう、人の胸に訴えられることを考え、伝承をそのまま伝えるよりも物語にして読んでもらう方が心に残ると思い、小説にすることを思い立った。消防署勤務時代に印南町史に安政南海地震のことを記録したかぞえ12歳の戎屋楠次郎少年が残した手記が載っていたことを思い出し、ベースにした。ペンネームの太阿三昇は太阿の名剣と、祖父の漁船「三昇丸」から付けた。
小説はノンフィクションをベースにしながら、弓場さんが想像力豊かに当時を再現。楠次郎少年は1854年11月4日、大きな地震(安政東海地震)で近くの要害山に逃げたが、幸い津波は来なかった。翌5日、再び大きな地震(安政南海地震)が起こり、家族と要害山へ避難。津波が印南のまちを襲ったが、幸い一人の死者・けが人も出なかった。要害山で16日間の避難生活を送り、地域住民が協力し合って過ごしたこと、避難者全員をまとめるリーダーの活躍ぶりなどを楠次郎少年目線でつづる内容に仕上げた。文中はふりがなを多用し、子どもでも読めるよう工夫した。
楠次郎少年は地震から17日目に、津波のことを忘れないよう手記を書いており、原本は今も子孫が所持している。小説のサブタイトル「大じしんゆりたら はようよがい山へにげなされよ」は楠次郎少年が実際に残した言葉から引用した。
全国の書店、インターネットでも1冊1100円(税抜き)で販売しており、「絵本にもしてほしい」などの声が寄せられるなど早くも好評という。
弓場さんは「1707年の宝永南海地震では印南町で300人以上の死者を出した。教訓が人々に脈々と受け継がれた結果、約150年後の安政南海地震では死者を出さなかったのだろう」と推察。「津波は避難を間違わなければ助かる災害だということを、江戸時代の印南町民が教えてくれている。残念ながら1946年12月の昭和南海地震では印南町で津波によって16人の死者が出た。この本を心に留め、いざというときには率先して避難して一人でも命が助かってくれればうれしい」と話している。


