3月という季節は、本格的な春がようやく到来したと思ってもすぐまた「春は名のみの風の寒さや」と唱歌の一節がそのまま実感されるようになる、困った時期である。季節感を味わえる文芸、俳句の中に春をたどってみたくなった◆有名俳人の作にも春を詠んだものは数多い。俳諧が成立した頃の江戸時代、俳聖・松尾芭蕉による春の句で最も有名なものは「山路来て何やらゆかしすみれ草」だろうか。素朴な詠みぶりが、ささやかな春の喜びを思わせる◆春の句に限るなら、芭蕉より遅れること22年、大坂に生まれた与謝蕪村の作の方が、小学校の教科書などでおなじみの「春の海ひねもすのたりのたりかな」「菜の花や月は東に日は西に」など有名なものは多いかもしれない。「はるさめやものがたりゆく蓑と笠」など、物語の一節を思わせるような面白いものもある。蕪村は辞世の句も、「白梅に明くる夜ばかりとなりにけり」と春の句である◆近代に入ると、まず挙げるべき俳人は、壮絶な闘病生活を送りながら俳句・短歌の革新を行った正岡子規。有名な句は夏、秋のものが多いが、春の句には「春や昔十五万石の城下かな」「故郷やどちらを見ても山笑ふ」と、故郷の松山を詠んだものがある。その友人で筆者の好きな俳人高浜虚子、本名・高浜清には「春風や闘志抱きて岡に立つ」と印象的な句がある。「春の浜大いなる輪が画いてある」も面白い◆面白いといえば、子規と同郷の現代俳人・坪内稔典の面白い作品を最近知った。「三月の甘納豆のうふふふふ」「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」「多分だが磯巾着は義理堅い」。わずか十七文字の中に一つの世界を展開する俳句。自由で軽やかで、無限の楽しさと奥深さを秘めた文芸である。(里)


