いまから68年前、1958年(昭和33)の大相撲秋場所初日の結び前。横綱栃錦と平幕北の洋の一番は、土俵際で栃錦が北の洋を突き落とすも両者の体はほぼ同時に落ち、式守伊之助は一瞬の躊躇のあと、栃錦に軍配を上げた。
これに審判がすかさず物言いをつけ、協議の結果、4対1で北の洋の勝ちと判断された。納得がいかない伊之助は親方衆の輪に首を突っ込み、13分間にわたって猛抗議。両手で土俵をたたいての〝逆物言い〟に館内は騒然となったが、伊之助にとっては屈辱の軍配差し違えとなった。
この大相撲史に残る「ヒゲの伊之助涙の抗議」事件は、子どものころ、好角家の父が何度か話してくれたが、先日、美浜町文化協会の講演会で講師の岡本淨さんが日本刀をテーマに、「軍配を差し違えればその場で切腹する」という立行司が携える短刀の意味(覚悟)を説明された。
長い歴史を持つ日本刀は、現代の日本人の日常語にも多くの言葉やことわざがある。この日の講演ではざっと30個が紹介され、話を聞きながら、いまの日本に突きつけられている「鯉口(こいくち)を切る」という言葉を思い出した。
刀を鞘からわずかに抜き、敵に対し、これ以上「寄らば斬る」という警告、決意を示す状態を指す。世界を見渡せば、どれほど安全運転していても、飲酒運転の暴走車に巻き込まれるように、何の落ち度もない小国がいきなり大国に武力で侵攻されるということが現実に起こっている。
自ら刀を抜いてはならないが、相手が斬りかかってきたら瞬時に反撃する。2013年の衆院予算委員会で、いまは亡き石原慎太郎氏が安倍首相にその覚悟を示すよう求めた。あの日から13年、状況はさらに深刻化している。(静)

