先月24、25日、御坊商工会議所の津波防災研究会が能登半島地震の被災地を視察し、筆者も同行取材した。七尾市の歴史ある和倉温泉街では利用できない多くの旅館が撤去もされず残った状態。一方、輪島市へ向かう道路はまだ復旧しておらず、至るところで工事のため片側通行となっており、現地に着くとまず目につくのが仮設住宅群。1㍍近い道路の隆起や倒壊した酒蔵もそのまま。地震による火災で約200棟が焼失した輪島朝市通りは、枯れ草が生える広い野原になっていた。
輪島市では高校生の防災ガイドから案内を受けた。平日だが学校を休んでガイドをし、アルバイト代を稼いでいるそうで、いろいろと生々しい話を聞かせてもらった。地震直後は自衛隊などよりも早く外国人の泥棒がやってきて店や神社の物を盗んでいくのを目撃したが、被災者にそれを止める気力がなかったこと。また、高校では授業がきちんと受けられないため、勉強のできる子どもは金沢市などの高校に転校。残った生徒の中で成績が上位になった生徒は自分が勉強できると勘違いして、勉強せずに学力が落ちていくという悪循環。仮設住宅では働く気力をなくし昼間からビールを飲む大人の姿。地震直後は多くの人が支援に来てくれたが、いまでは来る人もほとんどいなくなったという。
2011年3月の東日本大震災以降、地震や豪雨被害が多発。もはや被災地が特別扱いされて国やボランティアの手厚い支援が集中して受けられるような状態ではなくなった。いま自分たちの地域で災害が起きれば復興までの道のりはかなり険しいものになるだろう。いかに被害を最小限に抑えられるか、事前防災の大切さを痛感した。(吉)


