日高新報記者の取材に応える元バンクーバー新報記者の小林さん(ノースバンクーバーのカフェで)

 カナダ西部のBC(ブリティッシュコロンビア)州、バンクーバーに暮らす小林昌子さん(45)は兵庫県姫路市の出身。21歳で渡加し、その後、東部の首都オタワにあるオタワ大学へ進学し、犯罪学を学んだ。卒業後、バンクーバーでコミュニティソーシャルワーカーとなり、27歳でフルタイムの仕事の合間に、高知県出身の津田佐江子さん(79)が創刊した日系人向けの日本語新聞「バンクーバー新報」の記者となった。

 バンクーバー新報は2020年4月30日で廃刊し、その後はWeb新聞に移行。小林さんが業務の責任者となり新たな会社(シーサイドメディア社)を立ち上げ、配信を続けていたが、今年からはバンクーバー新報にかわる生活情報サイトを開設し、日本のメディアへの情報提供など新たな事業を展開している。

 海外暮らしと新聞記者は、小学生のころから夢だった。父の反対を押し切ってカナダの大学へ進み、そのまま居ついて2つの夢を実現した。現在はバンクーバーで2人の子どもと3人暮らしのシングルマザーだが、生活で苦労することは特にないという。

 カナダの21年国勢調査によると、人口約3900万人のうち830万人以上が海外からの移民。2016~21年時点の新規移民の出身地は、中東を含むインド、フィリピン、中国などアジアが62%と最も多く、全体に占める移民の割合は建国から150年間で最高となり、その多様性が国家のアイデンティティーの一つともなっている。

 ニューヨークはさまざまな民族が集まって融け合う「人種の坩堝(メルティング・ポット)」といわれるのに対し、バンクーバーはさまざまな人種、宗教が入り混じりつつも溶け合わない「人種のモザイク」とも表現される。小林さんにバンクーバーの印象を聞くと、「ひとことでいえば、ありのままの相手を受け入れてくれる社会です。女性、社長、シングルマザーなど、個人に対する『こうあるべき』という社会的期待や制約がない。とにかく人は人、自分は自分と割り切っています。こちらに来た当初は少し驚きましたが、人としての強さを感じますし、生きやすい国だと思います」という。日々、ワーク・ライフ・バランス(仕事とプライベートの調和)を心がけ、「これからもずっとカナダで暮らしたい」と笑う。

 小林さんとは逆に、バンクーバー出身で日本人の女性と結婚し、1年の半分を妻の出身地の和歌山市で暮らしているブレント・ハンターさん(61)は、日本人のワーク・ライフ・バランスに関して首をかしげる。

 日本は物価高で生活が厳しくなったとはいえ、政治、経済が安定しているおかげで医療や福祉も充実し、治安がよく国民は安心して生活できる。こんなすばらしい国はどこにもないが、「日本人の働き過ぎが残念。人口減少が止まらないのも働き過ぎが要因で、総じて国民の幸福度が低いからだ」と指摘する。

 労働時間を最小限に抑え、趣味や家族と過ごすプライベートの時間を大切にするのがカナダ人のブレントさんが考える「豊かさ」。同じような価値観を持たぬ日本人は家族との時間を犠牲にしながら仕事をしている。そんなやすらぎのない家庭で育った子どもは将来、結婚して子どもを持つことを望まなくなるという。

 日本は、人手不足を補い、経済成長を支える労働力として、今後、移民を本格的に受け入れるための準備を急いでいる。小林さんは、日本人が自分たちとはまるで違う価値観の「他者」と共存するには、まだ性別や学歴、年齢で制限の多い日本社会の現状を見る限り、さまざまな差別や混乱が予想されるという。「まずは外国人をどう迎えるかより、人間が人間らしく、互いをリスペクトして生きていくにはどうすべきかを考えることが先決。そのためにはやはり教育が重要で、義務教育のカリキュラムの大改革、学校現場への人生経験豊かな教員の配置も必要になるでしょう」。日本人同士がネットで誹謗・中傷を繰り返し、若者が人の命を奪ったり、自ら命を絶ってしまうような日本のままでは、外国人から移民先として選ばれる国にはなれない。(おわり)

 この連載は玉井圭が担当しました。