3月のテーマは「卒業」。学校の卒業式ではなく、広い意味でのそれまでの世界との決別などの場面を紹介します。

 「青が散る」(宮本輝著、文春文庫)

 宮本輝が、自身の通った新設大学テニス部をモデルに書いた青春小説。テニスに打ち込みながらぶつかり合い揺れる若者たちの姿を克明に描き、感動を呼びます。石黒賢主演でドラマ化。挿入歌「人間の駱駝(らくだ)」はザ・ベストテンに登場しました。

 主人公が、夏子という女性に深く燃える思いを抱いていた長い日々に別れを告げる場面。

   * * *

 燎平は自分の中の一つの時代が終わったことを知った。

「この四年間は恥かしい時代やったなァ」

 と燎平は呟いた。(略)

「元気でね」

 そう小声で囁いて微笑むと、小雪の中を夏子は遠ざかっていた。四年前のあの強い雨の降る寒い日、入学手続きにやってきた夏子は、赤いエナメルのコートを着て、ピロティの白い壁を背に立っていた。それは燎平の心に、一輪のあざやかな花びらのように映ったのだった。彼は食堂への坂道をのぼり始めた。「人間は、自分の命が一番大切だ」。ペールの言葉が胸の中でこだました。